MYCOM2003参加報告

※人工知能学会誌に掲載予定のMYCOM2003参加報告の原稿です.

AI、もしくは人工知能という言葉は、我々の想像力をかきたててくれる非常に魅力的な力をもっている。AI研究を志した研究者なら誰もがAIに夢や希望を抱いていただろう。筆者も高校3年生のときに、大学案内のシラバスに人工知能と書かれていたのを見て志望学部を決めたことをはっきりと覚えている。

ところが、そのような夢にあふれた動機も、目前の課題を追っていくうちに、いつの間にか忘れ去られていることが多いのではないだろうか。勿論、現実的な問題から研究成果を積み重ねていくことは研究の基礎と応用の両面において非常に重要である。しかし、若手研究者の夢の芽を育てる土壌がない研究分野に、将来の繁栄は望めないだろう。

筆者が毎年参加しているAI若手の集いMYCOM(Meeting for Youth COMmunity)は、AI研究に取り組んでいる若手研究者(博士修士課程の学生,30代前半ぐらいまでの大学、企業の研究者の方)たちが中心となって、夢のある研究テーマの意義や目的をまじめに議論し、解決案を参加者全員で創出することを目指すワークショップである。また、交流を深めることも重要な目的としているので、毎年1泊2日で行われている。

第4回目を迎える今回は、昨年と同じ琵琶湖カンファレンスセンターで行われた。参加者は総勢33名、発表は24件(long発表は10件,short発表は14件)あり、毎年参加者数、発表者数ともに増え続けている。約3分の1の参加者がリピーターであることからも分かるように、一度参加すると楽しい雰囲気と充実感に魅了されてしまうのがMYCOMの特徴である。

さて、前振りはこの程度にして、MYCOMの報告に移ろう。発表はlong発表とshort発表があり、発表を申し込むときに選択できる。long発表は発表20分+議論15分、short発表は発表10分+議論10分となっており、発表後の議論に重点を置いた時間配分となっている。今回は全部で7つのセッション、招待講演、グループディスカッションが行われた。それぞれのセッションの様子は以下のようであった。

セッション1:WEBとその応用

MYCOMの口火を切ったのは、綾聡平氏(東大)による「アノテーション付き多文書データからの要約生成」であった。GDAを付与した新聞記事集合から活性拡散を用いて要約を行う手法の提案であり、GDAのどの属性に着目するのかが議論の焦点になった。山本浩司氏(東工大)による「Webページの部分表示によるPDAへの対話的Web適応」では、画面サイズの制約の大きいPDFでの効率的なネットサーフィンを支援するための情報の加工についての発表であった。田中貴紘氏(東工大)による「オンライン模擬裁判システム」では、法学教育のためにユーザ同士での模擬裁判を実現するシステムの提案であり、論点や状況判断などこれから取り組む課題について議論した。

セッション2:社会的ネットワークと社会モデル

昼食(カレーライス)をはさんで行われたセッションの最初の発表は、筆者による「2ちゃんねるにおけるコミュニケーションの時系列解析」であった。「2ちゃんねる」が盛り上がるメカニズムの解明を目指した研究であり、昨年のMYCOMに引き続いての発表であり、2ちゃんねるから統計的に有意なモデルが導出されているところに関心が集まった。森尾博昭氏(東大)による「2ちゃんシム:CMCコミュニティにおける意見変容のシミュレーションモデル構築の試み」も2ちゃんねるを扱った研究テーマである。CMCにおける意見や態度の変容の特徴をシミュレーションにより探ったものであり、シミュレーションから得られた知見がどの程度現実を反映しているのかに議論が集中した。河村竜幸氏(奈先大)による「Nice2CU:実世界における人に関する拡張記憶と動的ネットの管理」では、日々変化するユーザのプロファイルを自動化に管理する手法についての発表であった。畦地真太郎氏(朝日大)による「情報湿度モデル:匿名コミュニティ解明のために」では、オンラインコミュニティにおける情報湿度モデルについての提案が行われた。会場からは個人的な属性に関わるウェットな情報がいいのか、その反対のドライな情報がいいのかについて多くのコメントが寄せられた.戸田健太郎氏(京大)による「社会集団の様相論理に基づくモデル化による均衡と動態の分析」は、成員の認識と他の成員との関係を義務論理学の枠組みで記述し、社会集団の振る舞いの分析を試みたものであった。

セッション3:マルチエージェントと協調行動

続いてのセッションでは、大竹麗央氏(東大)による「複雑な環境におけるマルチエージェントの協調方式の設計」では、ウェイターと客との間に契約とチップの概念を取り入れたウェイター問題についての発表であった。ウェイター同士の協調と競争に関心が集まった。井上寛康氏(京大)による「マルチエージェント学習システムにおける動的な役割分担」では、あるエージェントが除かれても全体のパフォーマンスがなるべく低下しないようなマルチエージェントシステムの提案であり、あるエージェントが抜けることによるリスクをどう計算するかがポイントであった。服部聖彦氏(東工大)による「複数エージェントによる大規模構造体の故障診断」では、不安定な出力をするセンサ情報から故障箇所の推定を行うものであった。森田晋作氏(奈良高専)による「多様な協調行動獲得のための段階的行動決定」は、サッカーによる協調行動を抽象化して学習する手法についての発表であり、パスをスルーした場合の扱いに議論は発展した。

招待講演

東京大学の中須賀真一先生による招待講演は、「宇宙とAI −宇宙システムの自律化・知能化を目指して−」というタイトルで行われた(図1)。宇宙を舞台として、これまでAIがどのような問題に取り組み、またこれからはどのような問題を解決することが望まれているかについてユーモアあふれる語り口で繰り出される話題は、どれも大変興味深いものであった。

宇宙ミッションは多分野(数十)、多人数(数百人以上)が関わる巨大プロジェクトである。したがって、極めて高い信頼性が要求されるにも関わらずフェイルセーフが存在しにくいことが問題となる。また、未知環境の中からas much as possibleでscientificなデータを得ることが目的となる。したがって、宇宙ミッションを遂行するためには、高度な知能化・自立化によるサポートが必要不可欠となる。中須賀先生が挙げられたAIを宇宙へ応用するためのキーワードを以下に記す。

・Problem Formulation:本当に必要な問題をAIが扱える問題へ実世界を定式化すること
・Knowledge Amplification:未知で経験の浅い世界から知識を作り出すこと
・Flexible Representation:シンボルのみではない豊かな表現能力
・V&V (Validation and Verification):AIシステムの信頼性を示す努力

あらかじめ定式化された問題ではなく、いったい何が問題なのか、その問題解決に必要な情報が何なのかを知ることが問題の本質であるという指摘は大変興味深い。

中須賀先生の研究室では、10cm立方の超小型衛星や350ml缶の大きさの衛星を作って、実際に宇宙に打ち上げている。この6月30日にも東大と東工大の学生で作った「キューブサット」がロシアのプレセツクから打ち上げられ、現在は高度820キロの軌道を周回している。中須賀先生は大学宇宙工学コンソーシアム(UNISEC)も立ち上げておられ、宇宙に興味を持った方なら誰でも開発や打ち上げに参加できるので、興味のある方はぜひ一度http://www.unisec.jp/を訪れていただきたい。

夕食・入浴

 さて、招待講演の後はお楽しみの夕食である(図2)。琵琶湖カンファレンスセンターの夕食は味もさることながら量も多く、おまけにビールや日本酒も出るので、夕食後は舌も滑らかになり、自然と交流も深まる。夕食の後には、サマースクールの流れを引き継いで湖畔の夕べの散策や花火が予定されていたが、あいにくの雨のために中止となった。しかし、発表件数が多く時間的にギリギリのスケジュールだったので、余裕を持って夕食やお風呂を楽しむ時間ができてよかったのではないかと筆者は感じている。

ナイトセッション

夕食後には、毎年恒例となっているナイトセッションが行われた。このセッションは、テーマごとに幾つかの部屋に分かれて、軽くアルコールを交えながら自由に議論する企画である。各部屋を行き来するといろんな人と仲良くなれるので、実は筆者の一番好きなセッションである。今年は、「愛するAI・愛されるAI〜愛における矛盾を計算機でどう扱うか〜」「他の研究分野とAI研究とのコラボレーション」「2ちゃんねる時代の世論形成をシミュレートする」の3つのテーマについて、夜遅くまで語り明かした(図3)。

セッション4:学習

毎年のことではあるが、1日目の夜のディスカッションは深夜まで繰り広げられるので、二日目の朝はつらい。筆者も寝たのは深夜3時をまわっていたと記憶するが、そのような少し気だるい筆者をよそに、2日目のセッションは元気よくスタートした。最初の発表は植村渉氏(大阪市大)による「強化学習Profit Sharingの今後の可能性」であり、行動の系列においてループをつくるような無効なルールに対する報酬を積極的に抑制することで、問題の大きさに依存せずすばやく学習する手法の提案であった。山岸栄輝氏(京大)による「学習空間のモジュール間のインタラクション」では,未知環境や動的環境において学習空間が大きくなる問題に対して学習空間をモジュール化する手法が提案された。異なる入力変数を持つ多様なモジュール間の相互作用を、自然農法のアナロジーで捉えるという視点が興味深い。和田充史氏(京大)による「学習分類子システムの汎化能力についての考察:強化学習における関数近似手法との接点」では、学習分類子システムの強化学習メカニズムをQ学習の形式で表現できることについて述べた発表であった。Q学習に関して得られている知見が学習分類子システムに応用できる可能性についての議論が繰り広げられた。

セッション5:ユーザモデリングと適応

このセッションの最初の発表は、松尾豊氏(産総研)による「ユビキタス空間におけるユーザの文脈の把握」であった。Webページから機械学習で人間関係をマイニングしており、Semantic Webへの応用が提案されていた。また、人工知能分野における重要人物のランキングなどにも応用されており、そのアルゴリズムによると筆者の重要度ランキングは1500人中68位であった。この結果をどう評価していいのかは悩ましいところである。湯浅将英氏(東工大)による「確率モデルを用いた擬人化エージェントの表情表出」では、心理状態の遷移をベイジアンネットにより推定して擬人化エージェントの表情表出に応用するものであった。岡崎直観氏(東大)による「テキストの重要箇所推定のための読み手のモデル」は、パーソナライズされた要約を作成するためのアプローチとして読み手の嗜好のモデル化を提案しており、教育への応用など興味深いコメントが寄せられた。本セッション最後の発表は、今回のMYCOMのベストプレゼンテーション賞に選ばれた井上寛康氏(京大)による「AIと笑い−笑いのコンテンツに含まれる構造への解析へ−」であった(図4)。同じギャグやぼけを繰り返すことによって何度も笑いをとる話題の繰り返し構造(お笑いの世界の専門用語では「天丼」というそうである。天丼には海老が2匹のっており、何度もおいしさを味わえるところから来ているらしい。)に注目して笑いのメカニズムを分析しており、大変意欲的な発表であった。「ラーメンズ」の事例を動画で紹介しながらの発表も面白かった。

セッション6:概念とスキル

中山功一氏(京大)による「概念を生成する知能ネットワークシステム(INS)の提案」は、人が用いている概念の文化や環境による相違と、人が概念を学習する過程に注目して概念を生成するという大変意欲的な発表であった。古崎晃司氏(阪大)による「オントロジー工学によるナノテク知識の構造化に向けての基礎的考察」では、綿密に絡み合ったナノテクノロジーの研究領域をオントロジーにより整理し、異なる領域間での知識の共有を目指したものであった。オントロジー工学からナノテクノロジーへの研究に移るときの古崎氏の苦労話が特に印象深かった。塩瀬隆之氏(京大)による「スキル継承のための生態心理学的分析」では、主体と環境とのインタラクションがスキル継承にとって重要であることを述べており、こんぺいとう職人や花火職人などの例を交えての発表はとても分かりやすかった。

セッション7:進化

杉浦孔明氏(京大)による「文字列書き換え系における書き換え規則の進化」では、Tierraをもとにした書き換え系の構築についての発表であり、Tierraとの進化の違いについての議論の焦点となった。最後の発表は、鈴木麗璽氏(名大)による「進化と学習の相互作用−表現型可塑性の量的進化におけるBaldwin効果の3つの段階−」であり、進化の過程において明示的なコストなしに学習可能な形質が減少することについての発表であった。学習対象を進化によって限定していくことで効率的な学習を可能にしているという知見は大変興味深い。

グループディスカッション発表

最後のセッションは、昨晩のナイトセッションで繰り広げられたグループディスカッションのまとめである。各テーマの結論は「機械(AI)との相互理解」「異分野との相互理解」「ネット上の人間との相互理解」となり、いずれも「相互理解」が鍵になった。筆者はこれからのAIは計算機だけを対象とするのではなく、人と環境と計算機との系を考えていく必要があると考えているので、大変興味深い結論となった。

おわりに

以上でMYCOMの紹介は終わりであるが、今年のMYCOMの特筆すべき点として、昨年MYCOMで注目を浴びた2ちゃんねる関連の発表が今年は3件に増えていたことを挙げることができよう。MYCOMで産声を上げた新しい研究テーマが1年後にこうして発展してAIの活性化に貢献しているのは、MYCOMが単なる研究発表の場ではなく、皆で新しいことに取り組んでいこうという意欲にあふれた創造的なコミュニティであるからであろう。今年は「AIと笑い」という新しいテーマが注目を浴びた。来年も「笑い」をテーマとした研究や、新しい研究テーマが生まれそうな予感がしてならない。

紙面の都合もあり駆け足での紹介となってしまったが、MYCOMの雰囲気が少しでも伝われば幸いである。なお、今回のMYCOMで唯一残念だったのは、女性の参加者がいなかったことである。AIの研究者に必要なのは、AIへの熱い思いだけである。来年は女性研究者の奮闘を期待したい。

写真集

晩御飯の様子

招待講演の中須賀先生

グループディスカッション

プレゼンテーション賞を受賞した井上さんの発表

【東京大学 松村真宏】